第32回 昔の稟議制度を思い出して考えたこと

約20年前、私が民間企業に入社して間もないころ、稟議制度というものに出会いました。簡単に当時の稟議制度について説明しますと、設備の購入、リース、貸与のような会社の重要な意思決定事項に関しては、申請者が、金額、申請理由の記載された稟議書を作成して直属の上司、経理部長、総務部長、工場長、事業部長、担当役員他の承認を得た上で業務を執行する制度です。

当時は電子メールやワークフローのようなツール(以下「電子ツール」といいます)は社内に導入されていなかったため、申請者は、黒い厚手の表紙をつけた紙の稟議書を持って各承認者の席に行って、内容を説明し承認のはんこをもらっていました。私も入社して、2年位経過したあたりから、自分で稟議書を作成するようになり、社内の承認者のところに足を運んで、説明し承認をもらっていました。
今は便利な電子ツールが導入されたのでわざわざ紙に印刷し書類を持参しなくても、クリックひとつで承認者にメールがとび承認されるようになりました。これによって、承認までのスピードも格段に速くなったし、印刷したり社内を歩き回ることも少なくなりました。

しかし、当時を思い出してみると、入社して2、3年の新人が、承認者である役員のところに足を運んで説明し承認をもらうことは、双方にとって貴重な体験であったのではと考えています。私としては説明に行く前に充分な調査と想定される質問を考え準備をしていたつもりでも、役員からの予想もしなかった質問には答えられず、つらい思いをしたこともありました。また、稟議書に承認をいただいた後に役員の部屋で、"お茶を飲んでいくように。"と言われ、仕事以外の話をさせいただいたこともありました。稟議制度を媒介としてface to faceのコミュニケーションをとることで、役員は、入社早々の若い社員が何を考えているのか?どのような問題意識を持っているのか?を五感を通して理解することができたし、当時の私のような新入社員は、役員がどのような性格の人なのか?本当に何を言いたいのか?を感じ取ることができたのです。また、このような機会は、私にとって仕事に対するモチベーションの向上にも役立っていました。(要するに当時の制度は、一見、非効率のようでも相互理解や動機づけのためのよい機会を提供していたと考えています。)


私が今考えているのは、電子ツールがビジネスで日常的に使われるようになって得るところも多いのですが、失うものもあるのではないかということです。人は安易な方に流れるものなので、仕事に追われているうちに、「これは、会って話をすべき案件か、電話で話をすべき案件か、電子ツールで済ませるか」を考えることさえも省略して、ほとんどを電子ツールで済ませてしまう方に走ってしまう傾向があるのではないかと思っています。一方、人は基本的に五感を通して、意思や感情を伝えるものであるにもかかわらず、電子ツールを媒介してしまうことで、それら(意思や感情)をうまく伝えることができなかったりすることがあります。このことから、電子ツールを安易に導入したことにより、かえって円滑なコミュニケーションを阻害させてしまった組織やモチベーションを低下させてしまった組織もあるのではないかと推測しています。


2005年9月
鬼沢